大阪高等裁判所 昭和39年(ラ)298号 決定 1965年1月14日
抗告人 アトランテイツク・ステイーマース・サプライ・カンパニー・インコーポレイテツド
主文
原決定を取消す。
本件を大阪地方裁判所に差戻す。
理由
抗告人は、「原決定を取消す。抗告費用はジエオタス・コンパニヤ・デ・ヴアポレス・エス・エイの負担とする。」との決定を求め、その抗告理由は別紙記載のとおりである。
原審の理由によれば、原決定目録記載のジヨージオス・シデラトス号につき、大阪地方裁判所が昭和三九年七月一四日同庁昭和三九年(ケ)第一七八号で船舶のいわゆる任意競売手続を開始し、同年八月二五日競売期日を開いた上、同月二七日同船舶の競落許可決定の言渡をしたので、同年九月三日同競落が確定し、競落人において翌四日代価全額を支払つたというのであり、一件記録によると、抗告人は昭和三九年八月二八日大阪地方裁判所に本件船舶任意競売の申立(同庁昭和三九年(ケ)第二二七号)をし、同裁判所は同年九月一日右申立を同庁昭和三九年(ケ)第一七八号船舶競売事件記録に添付し、抗告人は昭和三九年一〇月一日、本件船舶任意競売申立事件について、債権者たる抗告人の請求金員を疎明するためとして、送状の複写機による写しとその訳文というものを同裁判所に提出したところ、原審は、昭和三九年一一月二〇日原決定理由に記載のとおりの理由により、これを却下したものであることが認められる。
しかし、競売法第二四条によれば、競売の申立に書面上競売の原因たる事由を記載すべきことは定められているが、疎明についての特別の規定はない。もとより、担保権や被担保債権の存在等につき証拠がなく、裁判所においてその心証が得られないときは、競売の申立は却下せられることになるから、申立人はその証拠を提出すべきであるが、本件の場合、競落代価全額が支払われ、競売の目的の上に存する先取特権及び抵当権が消滅したからといつて、その後に抗告人主張の船舶先取特権及び被担保債権について証拠の提出ができない法理はない。
競売法第三三条によれば、裁判所は競売代価の中より競売の費用を控除しその残金は遅滞なくこれを受取るべき者に交付することを要すると定めており、担保権実行による不動産競売においては、裁判所は、競売代金から競売の費用を控除した残金を、登記した不動産上の権利者や不動産上の権利者としてその権利を証明した者に対し、権利の優先順位に従つて交付し、なお剰余があればこれを不動産所有者に交付すれば足りる(執行力ある正本による配当要求のみはこれを認め)ものと解するのが相当である。
本件は、船舶債権者が船舶の先取特権に基いて競売の申立をするというのであり、船舶の先取特権は抵当権にも優先するものであつて、原決定理由中記載の抗告人主張の債権の内横浜港での売却代金債権の外に(一)の3の債権の一部についても、債権者の主張自体先取特権を行使できないものであるとはいえないものがあり、抗告人の船舶任意競売の申立には、不動産上の権利者としてその権利を証明し、権利の優先順位に従つて競売代価中から金銭の交付を求めんとする趣旨が含まれているというべきであるから、原審は、既に提出されていた資料について審査をし、またはその他の要件を調査すべきであるのに拘らず、前記のとおり競落代金が完済され、先取特権が消滅した後に該先取特権についての証拠の提出は許されないとし、本件申立を不適法として全面的に却下したのであるから、原決定はその余の点について判断するまでもなく、違法であり、取消を免れない。
よつて、原決定を取消し、本件を大阪地方裁判所に差戻すことにし、主文のとおり決定する。
(裁判官 岩口守夫 長瀬清澄 岡部重信)
別紙 抗告の理由
抗告人のなした本件船舶任意競売の申立に対してなされた原決定は以下記載の理由により取消されるべきものである。
一、汽船ジヨージオス・シデラトス号の一等運転士デイミトリオス・マグララス外二十名が昭和三九年七月十三日雇傭契約に基く未払給与等債権に基く先取特権を主張して本件船舶に対し、任意競売の申立をなし、右は昭和三九年七月十四日大阪地方裁判所同年(ケ)第一七八号事件として船舶任意競売手続が開始され、同年八月二十五日競売期日が開かれ、同月二十七日同船舶の競落許可決定がなされたものであるところ、抗告人は右許可決定の翌日である同月二十八日、同船舶に対し同日付船舶任意競売申立書記載の如き商法第八四二条第六号による同汽船の航海継続のために必要な船食品等の販売代金債権合計五、六三九、七六〇円に基く先取特権があることを前提として任意競売の申立をなし、同年九月二十一日到達の同月十七日付船舶任意競売申立訂正申立書により抗告人の住所、及び商号の訂正並びに同日付上申書を以て委任状、公証文書及びそれらの日本語訳文を追完し、同年十月二日到達同月一日付上申書を以て競売申立書記載の請求債権の疎明資料として抗告人から汽船ジヨージオス・シデラトス号に対し供述された船食品等の送状及び同送状日本語訳文を提出し同月四日到達の同月二日付船舶任意競売申立書訂正の申立書を以て、従来の請求金額を金七、〇一五、二一一円に拡張するとともに申立書記載の競売原因事実を追加補充し、同年十月二十八日到達の同月二十七日付訂正申立書を以て、同月二日付訂正申立書記載の請求金額を金七、〇三五、二一一円に訂正するとともに競売原因事実を同訂正申立書記載の如く訂正申立をなした。
而して抗告人は昭和三九年十一月二十四日大阪地方裁判所より本件申立を却下する旨の同月二十日付決定正本の送達を受けた。
二、然しながら、先取特権の行使により任意競売に附された本件船舶に対して、既に為されていた競売申立に基く競売期日が実施せられ競落許可決定が為された後重ねて任意競売の申立がなされた本件においては、抗告人の右申立は既に為されていた競売手続に添付されることにより当然配当要求としての効力を有するといわねばならない。(大審昭和十一年六月二十三日民二部決定)
成程船舶に対する先取特権は少くとも代金支払と同時に消滅することは原決定の指摘する通りであり、又船舶の強制執行に準用される不動産の強制競売に関する民事訴訟法第六四六条第二項は配当要求の終期を競落期日の終了に至るまでと制限しているとはいえ、同項は配当手続の渋滞を防止する注意に出でた規定であつて、競売法はこれを準用せざるはもとより、元来抵当権、先取特権等を有する優先債権は配当要求の申立をすると否とに拘らず法律上当然に配当に加えられるべき地位を有し、配当手続の渋滞を来たさないから、同項は普通債権者の配当要求申出の時期を限定するにあり、優先債権者の配当要求を制限したものではない(昭和八(オ)二六三三、昭和九、四、七大審三判及び裁判年月日不明、大阪控民一判、事件番号不明、新聞四二九号(明治四十年六月五日六頁。)従つて競落期日後少くとも配当表作成に至るまでの間に重ねて任意競売の申立が為された場合斯る申立記録が先行する執行記録に添付されることにより、配当要求としての効力を生ずることは明らかであつて、後れて為された競売申立の効力は右の如き効力を有するものとして取扱われるべきものである。
三、更に原決定は「不適法な申立を、適式な申立に変質させる方法については何らの規定もないので、既に主張の先取特権が消滅している以上、その後において何らかの資料を提出したからといつて、もともと不適法な申立が適法なそれに変質するいわれはない」というが本件競売申立は原決定が示している如き競落代金支払のあつた昭和三九年九月四日以前であつて未だ先取特権の担保権が消滅する以前に為されているものであるところから見ても単に疎明資料の提出が後に為された一時を以て右申立が不適法であると結論する根拠となり得ないことは疎明資料は単に申立を理由あらしめる証拠資料に過ぎないことより見て当然といわねばならぬ。のみならず原決定は補正を許す規定が存在しないことの一事を以て直ちに補正を許さないと結論ずけているけれども斯る結論は早計であつて競売申立行為の法律的性質及び競売法の趣旨に従つて決すべき問題である。
しかるとき、船舶に対する任意競売の申立は担保権に基き裁判所に対して、当該船舶に対する競売開始を求める法律行為的訴訟行為の一種であつて、原則として民事訴訟法における訴訟行為法の適法があるので、そこに認められる訴訟行為補正の原則を適用しないというがためには、これを許さないとする規定があるか又は何らかの積極的理由付けがなければならない。
しかるに競売法をはじめ、その性質に反せざるかぎり準用される民事訴訟法には任意競売の申立に補正を許さない旨の規定は存在しないのみならず、これを実質的に考察しても前述の如く優先債権者は、配当手続の終了に至るまで配当要求できる権利を有し、右配当要求できる期間内である限り、当然補正できると結論されなければならない。
四、原決定は「先取特権にもとづく任意競売の申立は、常に主張の先取特権を疎明するを要し、これを欠く申立は不適法として却下を免れない」と摘示している。
然しながら先取特権は法定担保権の一種であつて、疎明された債権の種類及び性質によつてその存否が決定せらるべき法律解釈によつて定まる担保権であるから先取特権そのものについては疎明を云々することは先取特権の法定担保権たるの性質を正解しない判断と云わねばならない。他方競売法第三七条は競売申立の要件として競売の原因事実の記載を要求しているに止まり、その申立の時において原因事実を疎明することまで要求していない。従つてその疎明資料は後に追完され得べきものであつてその時期は少くとも債権表作成時にこれを為すを以て足ると考へるべきである。何故なら先取特権を有する債権であるか否かの判断資料を与へる時期としてはそれまでで何等支障ないからである。
尚本件については今尚債権表の作成が為されていない。
従つて原決定が、申立人が為した疎明資料の後からの追完の効力を否定して本件競売全部の効力を先取特権の疎明なきことを理由として却下しているのは失当である。
五、配当要求申立書の記載要件として法が要求している配当要求原因事実と競売申立書の競売原因事実とに共に債権の発生原因事実を開示する意味を有するので抗告人の本件船舶に対する競売申立書を合理的に解釈するとき、そこには配当要求の申立の意思も重複的に包含されているものと判断さるべきものといわねばならない。
六、以上の理由により原決定は不当であるから当然取消されるべきである。